【活動報告】長崎バスティン研究会/論文連載(5)
2010年11月13日(土)
長崎バスティン研究会の研究活動報告を追加しました。
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♪論文
「プレレベルのピアノ学習において、バスティンメソッドが優れた効果をもたらすのは
何故であろうか」?主教本及び併用曲集からの考察? (重永 洋子)
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序
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バスティンメソッドの優れた特徴の一つは、教材として用いられる曲が、子どもの心を魅了する、しかも芸術性の高い曲であることである。本論考では、バスティンの教材として用いられる楽曲が、何故ピアノ学習上、優れた成果をもたらすことができるかについて、発達的学習の立場から音楽教育を考えるマーセルの理論から明らかにする。
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1プレリーディング
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1)音楽的成長の特徴
J.マーセル1)によると、「音楽的成長を促すには、音楽教育の内容の全ては音楽に対する詩的反応の発達という点を中心に据えて、組織されねばならない。詩的反応とは、一言で言えば、音とリズムによって表現されている詩的感情に対しての反応である。そして音楽的成長は継続的な過程によって進むので音楽教育の発達的過程を無視した機械的学習によってはその成長は望めない。発達の継続という事は音楽教育全体にわたって、音楽的に同質の経験がなされるという意味である。どんな幼い子どもでも質的には音楽の大家と同じように、歌い、演奏すべきであって、子どもといえども、音楽を音の詩として感じなければならない。」としている。では、大家と普通の人との違いは何であろうか。 マーセルは、それが「本質を把握する力の確かさ、深さ、広さ」にあり、「音楽的に成長するということは、音楽の本質である詩的価値を把握する力が、より確かに、より深く、より広くなる事を意味する。」と言う。さらに「『発達的アプローチ』による学習はまっすぐに物事の根源に達しようとする学習であって、初心者も熟練者もおなじ質の経験をするのである。」と述べている。
2)「プレリーディング譜」の誕生
マーセルによると、「音楽は言葉のない詩である。音楽の生命ある実体、つまり音とリズムによって表されるものに対しての、詩的反応である」。
このマーセルの理論に基づいて、バスティンはプレレベルの段階のピアノ学習のために、五線によらない音の高低とリズムによる簡易的楽譜「プレリーディング譜」を考案したのである。ピアノを始めて間もない子どもにとっていきなりの大譜表による読譜は不可能であるが、「プレリーディン譜」によってマーセルのいう音楽の実体に反応する力を養うことができるのである。すなわち「プレリーディング譜」によって表されている詩的内容である音楽の美しさ、楽しさ、悲しさを十分に感じながら、ピアノを芸術として学ぶことができるのである。
バスティンの「プレリーディング譜」による曲集として、我が国に最初に紹介された曲集は、「プレリーディング ソロズ」である。それには「リズム譜のかわいい小曲集」という副題が添えられていて、子どもは一曲ごとにイメージを膨らませながら、小曲でありながらも芸術性豊かな曲を弾いていく。
3)「プレリーディング譜」の意義
バスティンメソッドは全調メソッド方式である。メソッドでは、全12調を学ばせるのに「バスティン・ピアノパーティー」、「バスティン・ピアノ・ベーシックス」、「バスティン中級ピアノコース」と、ラセン型に学習内容を発展させて、学習を広く、より深く、確かなものとして学習させていくのである。第一段階のプレレベルにおいては、「5指のポジション」と称して音階の第1音から第5音までの音により、全12調を経験させる。
「5指のポジション」による「プレリーディング曲集」では、子どもは楽曲に魅了され、次々と曲を楽しんで弾く。更にそれらの曲を全12調に移調して弾いていく。各調による響きや雰囲気の違いを感じながら、何回も繰り返して弾くことによって随伴的に指も動くようになっていく。
このようにバスティンの「プレリーディング譜」は発達的学習の立場から音楽教育を視るマーセルの理論に基づいて、音楽の生命である音とリズムを表す簡易的楽譜として考案されたのである。子どもは「5指のポジション」による「プレリーディング譜」によって音楽の喜びを感じながら全12調を学んでいくのである。
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2 プレレベルで用いられる主教本及び併用曲集
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本論文を執筆するにあたって、考察の対象としてプレレベルのピアノ教本としては、主教本である「バスティン・ピアノパーティー」と東音企画の「カタログ バスティン」に掲載の「ピアノパーティー併用曲集」を使用した。
1)「プレリーディング譜」による曲集
「パーティーA」と「パーティーB」のピアノ学習は「プレリーディング譜」によって行われる。ピアノを始めて間もない子どもが「パーティーA」の段階で弾く「びんご」、「ヤンキー・ドゥードル」、「パーティーB」の「せいじゃがまちにやってくる」は子どもにとって弾きたいという意欲をかきたてられる曲であり、子どもの弾く曲に先生の弾く伴奏も伴い、更に楽しく弾くことができる。
なお、「ピアノパーティー」及び「パフォーマンスパーティー」では子どもの弾く曲に先生の美しいハーモニー、あるいはオブリガートによる伴奏が伴われていて、子どもは音楽の美しさを十分に味わいながらピアノを学ぶことができる。
併用曲としては次に挙げる数々の名曲が揃っている。バスティンのオリジナルによる可愛いいソロの曲集として「プレリーディング ソロズ」がある。バスティンの編曲によるものに、「フォーク・チューン・パーティー(親しまれてきた世界の民謡から成る曲集)」と「マスター・コンポーザー・パーティー(大作曲家の名曲のテーマによる曲集)」、その他に「クリスマス・パーティー」などがあり、これらの曲集は連弾による伴奏付きで子どもの弾くメロディーが美しい和声によって支えられ、子どもは一層音楽の素晴らしさを感じながら弾く。
2)大譜表による曲集
主教本「ピアノパーティーC」及び「ピアノパーティーD」では大譜表の楽譜によるピアノ学習となる。「パーティーC」には男の子に人気の「きかんしゃのうた」そして「パーティーD」には「インディアンのおどり」がある。「パーティーD」の最後は#5コの調のロ長調による美しい旋律の「フランスのうた」で閉じられている。
併用曲集としてのソロ曲集として「ファースト・リサイタル・パーティー」と「セカンド・リサイタル・パーティー」がある。「ファースト・リサイタル・パーティー」は、「パーティーC」が終了したら弾くことができ、子どもの興味を引く全7曲から成り、発表会などで弾くのに適した曲集である。「セカンド・リサイタル・パーティー」は、「パーティーD」の27頁を終了したら弾くことができる。「5指のポジション」によるミドルC、D、A、E、D♭、Am、Gmの調による全7曲からなる芸術性豊かな曲集である。
他にソロ曲集として「インディアン・パーティー」、子どもの興味を引く「恐竜パーティー」がある。
アンサンブルによる併用曲集として、カタログに未掲載の曲で、大作曲家の名曲のテーマによる「Bastien Play-Along Classics」Book1 & Book2と、世界の民謡による「Bastien Play-Along Familiar Favorites」Book1 & Book2がある。これらは、CD伴奏付きで他楽器とのアンサンブルによる豊かな音楽性のある曲から成っている。この曲集はどちらかと言うと、「ベーシックス」の併用曲としてふさわしいと思われるが、子どもの実力に応じて、曲を選択して用いると「パーティーD」の併用曲として使用に値する曲集である。
ここでプレレベルに使用される教本、併用曲集について考察してみると、ソロ曲ではバスティンオリジナルの芸術性豊かな子どもを魅了する曲が用意されていて、それらの曲により子どもは自分の音楽の世界を自由に表現して弾くことになる。併用曲集では、ややもすれば、単調になりがちな子どものメロディーに、デュオまたはCDによる伴奏が伴われ、子どもたちは音楽の豊かさ、美しさを感得して本物の音楽を体験しながら、自分のメロディーを楽しんで弾くことができる。これらのバスティンの美しい、楽しい曲は子どもの心を惹きつける発達的経験となり、音楽に魅了され、弾きたいから弾くので、ピアノをよく練習するようになる。このように練習は自発的になり、指もどんどん動くようになり、テクニックも随伴的に養われていくのである。
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3 音楽教育における発達的経験
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音楽的教育における発達的経験の意義について、マーセル2)は概略次のように説いている。「音楽的成長の原動力は発達的経験である。発達的経験とは、私たちの思想、行動、興味、目的などを変えてしまうほど、強烈な影響を与える経験を差す。音楽教育のカリキュラムは、一連の様々な発達的経験によって、音楽的成長を促進させるように意図されていなければいけない。発達的経験とはその経験が子どもの心を引きつけ、推進的、啓示的な経験とならなければ意味はないのである。心を引き付けられた推進的な啓示的な目標に向って、その学習の意味を納得し、自主的、積極的に達成しようとする時、人はその仕事に全生命をかけるのである。この様に発達的学習は、個々の事柄の積み重ねによって学習する機械的学習とは全く別物である。」と。では、どのようにすれば、子どもの心を引きつけるような発達的経験を用意することができるのであろうか。マーセル3)は次のように明確に答えている。「何が経験を心引くものにするであろうか。端的に言って、その答えは、音楽自体の価値を浮き彫りにすることである、と私は思う・・・・・要は、人の心を魅了するものは音楽自体であるという事である。」と。
このようにマーセルは教材として用いられる曲は練習用の人工的な曲でなく、音楽的価値のある芸術性豊かな曲であらねばならないことを強く主張している。
以上「プレレベルのピアノ学習において、バスティンメソッドが優れた効果をもたらすのは何故であろうか」について、「バスティン・ピアノパーティー」と併用曲集の楽曲を考察した結果、教材の楽曲は子どもを魅了する芸術性豊かな曲から成っていた。
また、子どもの弾くメロディーにはデュオあるいはCDによる美しい和声で色づけされた伴奏が伴い、子どもが豊かな音楽を感得しながら、ピアノを学習するように意図されて創られていることが判明した。それはマーセルの音楽教育理念「音楽自体の価値が浮き彫りにされた音楽による発達的経験こそが、子どもの音楽的成長を促進させる」に基づくものである。
このようにプレレベルのバスティンの主教本、併用曲集はともにマーセルの音楽教育学的理念が十分に反映されたものである。
以上のように「バスティン・ピアノパーティー」並びにプレレベルの数々の併用曲集は、マーセルの音楽教育理念に基づくものであり、それが子どもの音楽的成長を促進させ、子どものピアノ学習に優れた成果をもたらしているのである。
この論文を終えるにあたり、一言申し添えさせて頂きます。プレレベルの子どものピアノ学習において、その成果をもたらす要因は、ジェーン・バスティンの稀有な才能が創り出す人間味溢れる音楽性豊かな楽曲にあることを再認識した次第です。
これからも将来に向けて子どもたちは、喜びにつけ、哀しみにつけ生涯のよき友としてピアノを愛し続けていくことでしょう。
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引用文献
1) ジェームス・マーセル(美田節子訳):音楽的成長のための教育,pp.10-87,音楽之友社(1976)
2) 前掲書, pp.118-144
3) 前掲書, p.123
楽譜
1 「ピアノパーティ」A,B,C,D
2 「パフォーマンスパーティ」A,B,C,D
3 プレリーディング ソロズ
4 フォーク・チューン・パーティー
5 マスター・コンポーザー・パーティー
6 クリスマス・パーティー
7 ファースト・リサイタル・パーティー
8 セカンド・リサイタル・パーティ
9 インディアン・パーティー
10 恐竜パーティー
11 「Bastien Play-Along Classics」Book1 & Book2
12 「Bastien Play-Along Familiar Favorites」Book1 & Book2
(以上の楽譜はバスティンメッソード日本総輸入元 ?東音企画による)
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長崎バスティン研究会のページはこちら
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■□■□■これまでの活動報告■□■□■
・第4回マーセルによる「行動的把握」による学習および「視覚的把握」による学習の意義(論文補遺:重永洋子)
・第3回「ピアノパーティ」では、子どもの知的発達の段階に即してどのように学習が進められているのであろうか(論文補遺:重永洋子)
・第2回「プレ・レベルにおいて子どもの知的発達が十分に考慮されている」(論文補遺:重永洋子)
・第1回「ピアノ教育におけるバスティン・メソードの有効性」(論文要旨:重永洋子)
・論文「ピアノ教育におけるバスティン・メソードの有効性」
※長崎県立女子短期大学(現 長崎県立大学研究紀要43(1995年)
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