
そこにはいつも、音楽的発見がある| 自ら音楽を創り上げる力、その源泉とは| 2010年の挑戦は?独特のショパン・プログラムにも注目
「・・・・なるほど!」
エッカードシュタインの音楽を聴きおえて、思わず唸る。またひとつ、何かを発見できたことに静かな感動と喜びを感じる一瞬である。
昨年3月の英国ロイヤル・フェスティバルホール。この日エッカードシュタインは、フィルハーモニア管弦楽団のソリストとして登場した。曲はモーツァルトピアノ協奏曲第23番。ロンドンの聴衆が見守る中、落ち着いた表情で指揮者に目配せし、オーケストラの前奏にじっと耳を傾ける。―そして最初の一音。
彼の音楽は、時にさり気なく始まる。しかし、次第に大きなうねりを作りながら、壮大な物語のように音楽が進んでゆくのである。特に、心の奥底を吐露するかのような悲哀と、運命を諦観するような静けさに満ちた第2楽章、一転し鮮やかに覚醒する第3楽章。その音楽は常にオーケストラと共にありながら、彼独特の語り口は何一つ失われていない。
ふと気がつくと、えもいわれぬ静かな感動が後から押し寄せてくる。比類なき美しい旋律の隙間に刻まれていたのは、人間モーツァルトの生き様か。ロンドンの聴衆は、しばし余韻をかみ締めた後、敬意を込めてブラボーと拍手喝采を贈った。
エッカードシュタインのレパートリーは、実に幅広い。そして常に、何かを発見して伝えようと試みている。2008年春のリサイタルでは、ハイドン、ベートーヴェン、シューマン、ウェーベルンを組み合わせたオール・ヴァリエーションのプログラムを披露。作曲家同士を対比させながら、変奏曲という形式美を浮かび上がらせた。
年間数十回の演奏会をこなすが、公演日間近でもプログラムにはない曲を練習することがある。そして、演奏会には毎回異なるプログラムで臨む。それは、偏った感覚や感情に埋没することを拒み、いつでも適切な距離感で音楽に向き合いたいという誠実さの表れかもしれない。そうして、一歩引いて音楽の全体像を大きく描きながら、極めて多彩な音色で細かい機微を表現するのである。
欧米を中心に常連ファンも多く、オランダのコンセルトヘボウには毎年のように出演、2005年には「New Horowitz」とも評されている。2010年6月にはマスター・ピアニストシリーズに出演する予定だ。
エッカードシュタインの本格的な演奏家デビューは、2003年エリーザベト王妃国際コンクール優勝が契機といえよう。このコンクールは、あらゆる角度から音楽家として必要な資質を問われる課題曲と、厳格公正な審査で有名である。すでに演奏家として活躍している人材が受けるのも、このコンクールならでは。まさに、プロフェッショナルであることを問われる場なのだ。(参考映像:プロコフィエフ協奏曲第2番/ヨエル・レヴィ指揮)
したがって難曲を弾きこなすだけではなく、「自ら音楽を創り上げる力」の真価も問われる。最終選考では、ファイナリスト決定と同時に発表される新曲課題曲(協奏曲)を、1週間全てから隔離された場所で、自らの力で仕上げることが要求される。これがエリーザベトコンクール最大の特徴であるが、エッカードシュタインがここで本領発揮したことは言うまでもない(今年5月にピアノ部門開催)。
こうした能力は、小さい頃から身についている即興や作曲などによって培われたようだ。
インスピレーションの源泉は、ごく身近にある物や人も。昨年書いた作品「Techlude」は、様々な技術をモチーフにした24の曲である。『スーパーマーケットにある換気扇(No.23 Belueftungsschacht im Supermarkt)』なんていう小品もあるが、軽快でユニークな曲調が面白い。
2009年に制作されたドキュメンタリー映画(『Portrait of my mother poet』/監督Jean-Noel Gobron)では、この自作曲を含めたピアノ演奏で参加している。ある女流詩人の人生を追ったドキュメンタリーだが、主人公にそっと寄り添うような優しい演奏が印象的である。この映画は昨年12月イスタンブール国際ドキュメンタリー映画祭にて上映された。(参考映像:Trailer)
さて、今年はどのような音楽活動を展開するのだろうか?
1月末には、グリーグのピアノ協奏曲でNHK交響楽団と初共演する。4年ぶりの来日公演に期待が高まる。
(参考映像:グリーグ バラードOp.24 )
そして2月にはシューベルトのCD(ソナタD840, D959)をFuga Liberaからリリース予定。これまでのCDはスクリャービンやプロコフィエフ、メシアンなど、近現代曲がやや多い印象があったが?
「シューベルトはこれまで多くの巨匠が録音を残していますが、自分にも伝えたいことがあるので、今回ソナタ2曲を選びました。ピアノは楽器工場まで足を運び、いくつか試弾してみました。ファツィオリとどちらにするか悩んだのですが、最終的にシメルを選びました。この曲の心情を表現するのにしっくり来たのです」。
すでに『楽興の時』のライブ録音(2006独ルール音楽祭)もあるが、今回はまた違うアプローチを見せてくれそうだ。毎度お馴染み、本人執筆によるプログラムノートにもご注目頂きたい。
ソロリサイタルにも、興味深いプログラムが並ぶ。中でも、スイスで開催予定のショパン記念演奏会のテーマは「オール・ポロネーズ」。バロックから現代曲まで幅広く組み合わせ、最後にショパンのポロネーズで締めくくる。音楽史上、ショパン作品の稀有な存在感が浮き彫りになるプログラムだ。www.pianoassociation.ch/italiano/concerti/26.09.2010
<プログラム>
W.F.バッハ:ポロネーズNo.8、No.3、No.2
スクリャービン:ポロネーズop.21
コーベット:Nuova Creazione(ポロネーズ風)
ザレンプスキ:グランド・ポロネーズop.6
ショパン:ポロネーズop.44
現代的な感性と、音楽に対して広く開かれたマインドに定評あるエッカードシュタインは、こうした謎解きのようなプログラムをリクエストされることも多い。常に音楽から新しい要素を見出し、研ぎ澄まして伝えてくれるからだ。そこにはいつも、発見がある。
「音楽から常にインスピレーションを得ている」というエッカードシュタイン。彼の飽くなき音楽探究の道は、広がる一方だ。まずは1月末のグリーグに注目したい。
文・菅野恵理子
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